2026年4月に施行された改正医療法により、都市部での新規開業に「6か月前届出」が導入され、院長になるための要件も厳格化されました。一見すると開業前の医師だけの話に見えますが、実は分院展開・事業承継・後継者問題を抱える既存クリニックにこそ影響が及ぶ改正です。本コラムでは制度の全体像と、既存院長が押さえるべき論点を整理します。
はじめに|「自由開業制」の転換点
日本の医療制度は長らく「自由開業制」を前提としてきました。臨床研修を修了した医師であれば、届出さえ行えば原則としてどこでも診療所を開設できる——これが基本的な枠組みです。
しかし2025年12月に成立した「医療法等の一部を改正する法律」(改正医療法)により、2026年4月から都市部を中心とした新規開業に一定の手続きと制約が導入されました。あわせて健康保険法の改正で、保険医療機関の管理者(院長)になるための要件も引き上げられています。
重要なのは、この改正が「これから開業する医師だけの話ではない」という点です。分院展開を検討する医療法人、後継者を探している院長、将来的な譲渡を視野に入れている経営者——すでに開業している立場でも、経営判断に直結する変更が含まれています。本コラムでは、制度の要点と既存クリニックへの実務的な影響を整理します。
第1章|何が変わったのか——2つの規制の全体像
今回の改正で導入されたのは、大きく分けて「場所の規制」と「人の規制」の2種類です。
| 区分 | 内容 | 施行時期 |
|---|---|---|
| 場所の規制 | 外来医師過多区域での無床診療所開設に6か月前届出を義務化 | 2026年4月1日 |
| 人の規制 | 保険医療機関の管理者に「病院で3年以上の保険医経験」を要件化 | 2026年4月1日 |
なお、診療所の開設自体は引き続き「届出制」であり、許可制に移行したわけではありません。開業が禁止されるのではなく、手続きが厳格化され、地域医療への協力が求められるようになった——という整理が正確です。
背景にある「医師偏在」の課題
こうした規制が導入された背景には、医師と医療機関の地域偏在という長年の課題があります。医師偏在指標で見ると、都道府県別では最も高い東京都と最も低い岩手県で大きな開きがあり、二次医療圏単位ではさらに差が広がります。
従来の偏在対策は、医学部の地域枠設置や専攻医の採用数制限(シーリング制度)など、医師の養成段階での調整が中心でした。今回の改正は、中堅層以上の医師の開業行動にまで踏み込んだ点で、政策の転換を示すものと言えます。

第2章|外来医師過多区域とは——対象地域と手続きの流れ
2-1. 指定の基準
外来医師過多区域は、以下の2つの条件を満たす二次医療圏が候補とされています。
- 外来医師偏在指標が「全国平均値+標準偏差の1.5倍」以上(偏差値65相当、上位約7%)
- 可住地面積あたりの診療所数が全国上位10%
単に医師が多い地域ではなく、「医師が多く、かつ診療所が密集している地域」という二重の条件で絞り込まれる仕組みです。2026年(令和8年)3月27日、厚生労働省は外来医師過多区域の候補区域一覧を公表しました。候補となっているのは、東京都の5医療圏(区中央部・区西部・区西南部・区南部・区西北部)、京都府の京都・乙訓、大阪府の大阪市、兵庫県の神戸、福岡県の福岡・糸島——合計9つの二次医療圏です。
【注意】候補区域はあくまで「候補」
最終的な指定は都道府県知事が判断します。人口あたりの医師数が特に多い場合には、二次医療圏よりも限定的な市区町村単位で指定される可能性もあります。開業や分院展開を検討する際は、必ず管轄の都道府県に最新の指定状況を確認してください。
2-2. 混同しやすい「外来医師多数区域」との違い
よく似た用語に「外来医師多数区域」がありますが、これは外来医師偏在指標の上位33.3%(偏差値54.3相当)に該当する二次医療圏を指し、過多区域よりもはるかに広い範囲が含まれます。今回の6か月前届出の対象となるのは「過多区域」の方です。混同しないよう注意が必要です。
2-3. 求められる手続きと、応じない場合のフロー
外来医師過多区域で無床診療所を新規開設する場合、原則として開設予定日の6か月前までに都道府県知事への届出が必要です。届出には、在宅医療の提供・夜間休日の救急対応・医師不足地域での診療といった「地域で不足している医療機能」への取り組み意向を記載することが求められます。
届出をせず、または虚偽の届出をした場合には、30万円以下の過料が科されます。また、地域で不足する医療機能を提供しない場合には、以下のような段階的なフローが想定されています。
- ①説明要求:医療機能を提供しない理由について都道府県から説明を求められる
- ②要請:理由がやむを得ないと認められない場合、協力の「要請」を受ける
- ③勧告:要請に応じない場合、「勧告」の段階に進む
- ④公表:勧告に従わない場合、医療機関名などが公表される
第3章|見落とされがちな「診療報酬へのペナルティ」
3-1. 保険医療機関の指定期間短縮という重い措置
要請に応じない場合の措置として、公表以外にも補助金の不交付や診療報酬上の対応が想定されています。中でも経営インパクトが大きいのが、保険医療機関の指定期間が短縮される措置(通常6年から3年などへ)です。
開業資金の多くを金融機関からの融資で賄うケースが一般的である以上、指定期間の短縮は返済計画の前提を揺るがします。安定した収入の見通しが立てにくくなることで、融資条件が悪化するリスクも指摘されています。
3-2. 算定できなくなる主な項目
2026年度診療報酬改定では、保険医療機関指定期間の短縮措置を受けた場合、以下の算定や届出ができなくなる方針が示されました。
| 算定できなくなる項目 | 経営上の位置づけ |
|---|---|
| 機能強化加算 | かかりつけ医機能を評価する加算。初診・再診ごとに算定 |
| 地域包括診療料/地域包括診療加算 | 複数慢性疾患を持つ患者への包括的管理を評価 |
| 小児かかりつけ診療料 | 小児科クリニックの継続的な収益の柱 |
| 在宅療養支援診療所 | 在宅医療を軸とするクリニックの根幹となる施設基準 |
これらはいずれも、地域に根差したクリニックの収益基盤を支える項目です。「届出をして要請を無視すればよい」という発想が成立しない仕組みになっている点は、正確に理解しておく必要があります。

第4章|管理者要件の厳格化——分院長の選任にも影響
4-1. 「病院で3年以上」という新たな条件
従来、保険医療機関の管理者(院長)になるための条件は、医師免許の取得と臨床研修の修了でした。2026年4月からは、これに加えて「臨床研修修了後に病院で保険医として3年以上診療に従事した経験」が要件として追加されています。
この改正により、臨床研修修了後すぐに開業する、いわゆる「直開」は事実上できなくなりました。院長になるまでに必要な期間は、臨床研修2年+病院勤務3年の計5年間となり、従来の2年から倍以上に延びたことになります。
【既存院長の方へ】経過措置により職を失うことはありません
この改正には経過措置が設けられており、すでに開業して管理者を務めている院長が要件を満たさないことを理由に職を失うことはありません。ただし、新たに分院を開設して分院長を選任する場合には、その分院長が新要件を満たしている必要があります。
4-2. 分院展開を検討する医療法人への実務的影響
既存クリニックにとって最も直接的な影響が出るのが、分院展開のケースです。これまでは若手医師を分院長として登用する選択肢がありましたが、今後は「病院で3年以上の保険医経験」を持つ医師でなければ分院長に就任できません。
分院展開を中期計画に織り込んでいる医療法人は、人材採用の要件と時間軸を見直す必要があります。候補となる医師の経歴確認を早い段階で行い、要件を満たすまでの期間を計画に反映させることが重要です。
4-3. 自由診療中心のキャリアへの影響
近年、臨床研修後に専門研修を経ず美容医療へ進む「直美(ちょくび)」というキャリアパスが増えていると指摘されてきました。今回の管理者要件により、こうしたキャリアでは保険医療機関の院長に就任できなくなります。
なお、この要件はあくまで「保険医療機関の管理者」に関するものであり、自由診療のみを行う医療機関の経営には直接適用されません。ただし業界全体として保険診療と自由診療を組み合わせた業態が模索されている流れを踏まえると、自由診療に特化したキャリア形成のリスクは以前より高まっていると見ることもできます。

第5章|既存クリニックにとっての「機会」——承継価値の再評価
5-1. 開業規制は既存診療所の価値を高める
ここまで規制の内容を見てきましたが、既存クリニックの経営者にとっては、この改正がプラスに働く側面もあります。
今回の規制の対象は、あくまで「新規開業」です。すでに地域に根付いている診療所を引き継ぐ事業承継(M&A)は、この規制の影響を受けにくい選択肢として相対的な価値が高まります。
外来医師過多区域において新規参入が難しくなるということは、その地域で既に営業している診療所の希少性・市場優位性が高まることを意味します。「後継者がおらず将来的な譲渡を考えている」という院長にとっては、譲渡価格が上昇する可能性があるということです。
5-2. 承継を検討する際に整理しておくべきこと
承継価値が高まる局面だからこそ、平時から次の点を整理しておくことが重要です。
- 患者基盤の可視化:レセプト件数・患者層・継続受診率など、譲渡時の評価根拠となるデータを整理しておく
- 財務資料の整備:直近3〜5年の決算書・キャッシュフロー・借入残高を明確にしておく
- 業務の標準化:院長個人の属人性が高すぎると承継の難易度が上がる。マニュアル化・スタッフ体制の整備が価値を高める
- 地域連携の実績:在宅医療・夜間対応・学校医などの実績は、承継後も引き継がれる無形の資産となる
5-3. 「地域で不足する医療」を担うという正攻法
開業規制は、外来医師過多区域での開業を禁止するものではありません。地域で求められる医療機能をしっかり提供できれば、開業も分院展開も可能です。
在宅医療、夜間・休日診療、小児医療——これらはどの地域でも需要が高い領域です。既存クリニックにとっても、こうした機能を強化することは、地域における立ち位置を強固にし、将来的な事業展開の選択肢を広げることにつながります。
また、医療機関が少ない「重点医師偏在対策支援区域」に対しては、新規開業や承継への補助金増額といった経済的インセンティブの強化が予定されています。分院展開の地域選定においては、規制のある都市部だけでなく、支援の手厚い地域を検討することも一つの戦略です。
まとめ|「規制」ではなく「地域医療計画との整合」と捉える
2026年4月の改正は、都市部での新規開業に手続きと地域医療への協力を求め、院長就任の要件を引き上げるものでした。既存クリニックにとっては、分院展開の人材要件と、承継価値の再評価という2つの論点が特に重要です。
この改正を「開業しにくくなった」とだけ捉えるのは、やや一面的かもしれません。むしろ、クリニック経営が「物件と診療科目を決めれば成立する」段階から、「地域の医療需要とどう整合させるか」を問われる段階に入った——そう理解する方が実態に近いでしょう。
まず確認しておきたいのは、①自院の所在地域が外来医師過多区域に該当するか、②分院展開を計画している場合、候補となる医師が管理者要件を満たすか、③将来的な承継を見据えた資料整備が進んでいるか——この3点です。制度の指定状況は都道府県によって異なるため、管轄の窓口への確認をお勧めします。
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※本コラムは執筆時点で公表されている情報に基づいています。外来医師過多区域の指定状況や制度の詳細な運用は都道府県により異なる場合があります。最新の情報は厚生労働省の告示・通知および所管の都道府県窓口にご確認ください。
【参考資料】厚生労働省 医政局地域医療計画課「外来医師過多区域に係る候補区域の公表について」(令和8年3月27日 事務連絡)
